小鳥が囀っていた。月夜ははっと起き上がったがベッドではない。夕香を抱えたままソ
ファから落ちて背中を強か打った。
「つっ」
 体を丸めようとも落ちた事も知らずに月夜の上ですやすや眠っている夕香がいるから何
も出来なかった。息を詰めて痛みが引くのを待って昨日どう言う状況だったのかを考えて
一人赤面した。
 つまり、あの時に言ったあの言葉はつまりそうとも聞こえる台詞で自分も睡魔さえなけ
ればあのまま襲っていたのかもしれない。突如としてきた睡魔になんとなく感謝しつつ安
心しきった顔で眠っている夕香をじっと見た。
 その目の下には隈がある。もしかしたらとふと思ってしまったがそれは別にいいかと思
い直して胡桃色の長い髪をそっと撫でた。あまり彼女の髪を撫でる機会がないから知らな
かったが髪は細くさらさらと手触りのいい毛皮のようだ。
 自分の胸に頭を預けてくる彼女にそっと微笑みかけて起こさないように横抱きにして彼
女の部屋に連れて行った。
 ゆっくりとベッドに入れて朝食の仕度をしようかとふと思ったがパタンと折れていたは
ずの手が月夜の服の端を捉えた。振り返ってみると夕香が半分寝ているのにもかかわらず
目を開けてこっちを見ている。
 その手をそっと取ると今度は強く握ってきた。その行動に目を見開くと夕香がベッドの
方に月夜を引き寄せようと腕を引いてきた。その行動に月夜は余った片手で頬を掻いて、
とりあえず近くに寄った。このまま覆いかぶさる形になるのは悪い気がする。というより
夕香が起きた後が恐い。
 恐らくこの行動について知らないはず。つまり月夜がそう言う風にしたとして夕香が怒
るのは目に見えている。手を離してくれないようでグッと握り絞めたまま夕香はまたすう
すうと寝息を立て始めた。
 溜め息を吐いて月夜はその手にもう片方の手を重ねてベッドの脇に膝をついた。
 そして夕香がおきるまで月夜は二度目の眠りに就いた。
 朝の光が目蓋の奥にある瞳を射る。自分を包んでいたぬくもりのあるものはなぜか薄く
その疑問が夕香の意識を覚醒させた。
「月夜?」
 目を開けてキョロキョロと見回すが自分の下にも上にもいない。首を傾げて体を起こそ
うと腕をずらした時ふと大きくて温かい手が自分の手を握っていることに気づいた。
「え?」
 そこにいたのは、ベッドの端に突っ伏して無防備な寝顔をさらす月夜がいた。なぜ自分
がベッドにいるのかが気になったがすぐに分かった。恐らく月夜がいつだか知らないがこ
こまで運んできてくれたのだと思う。
 その寝顔を見てくすりとわらって空いている手でそっとその髪を撫でた。意外にさらさ
らだ。髪を撫でてから指先を下にずらしていく。髪から額、額から頬、そして頬から――。
 そこでハッとした。今、自分はどこに触れようとしたのだと。横に移動させかけた指先
を反対側に下ろしてやり、顎のラインを辿る。そして首筋を通り鎖骨まで降りてその手を
引っ込めた。
 その指が伝えていた温もりが恋しかった。もっと触れていたい。触れてほしい。温もり
を感じたい。溢れ出す思いに自分自身驚いて目を伏せた。そっと月夜の頬を片手で包み込
んで溜め息をついた。
 不思議と眠気はない。いつも眠れなくて眠いのに。
 久しぶりのすっきりとした目覚めに夕香は一人微笑んだ。片手で包み込んでいた頬を離
すと手を握る手に力を込めた。
「ん」
 微かに目蓋を震わせて月夜が眠気で蕩けたような目をした。元のやや童顔の整った顔が
その表情で一気に幼く見える。潤んでぼんやりとした目をした月夜は何度か瞬きを繰り返
し片手で目を擦って夕香をじっと見た。
「起きたか」
「うん」
 一人で何を思っていたのだかと思って目を伏せた。月夜は何を思ったのか夕香を引き寄
せてぐっと抱きしめてきた。一気に鼓動が高鳴る。恥ずかしさで顔が熱くなる。だけれど
も嬉しい。
「つき……なにを?」
「いや、なんとなく」
 そう言うと月夜は夕香の髪を何度も撫でた。その心地良さに溜め息をついて月夜は抱く
腕に力を込めた。
 彼の温かくて大きな手が自分の髪を撫でている。抱き締められてそれだけを感じていた。
そっと腕を伸ばして月夜の広い背に腕を回した。
「ただいま」
 低いその声にどきりとした。言いたい言葉が喉の奥に引っかかっていく。そしてやっと
の事で出した声はなぜか深い声だった。
「おかえりなさい」
 その声音に月夜はくすりと笑うともう一度強く抱きしめてその体を解放する。
 一瞬の開放感。虚脱感。温もりが消え去っていく寂しさ。
 夕香は名残惜しげに腕を解いて俯いた。顔が赤くなっていると思う。顔が熱い。
 意外に初心な夕香を見て月夜はぽんぽんと頭を軽く叩いてやり部屋の外に出た。



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